「ASIOS」―超常現象を懐疑的に調査する会―のメンバーによるブログ。

2015年02月28日

『謎解き古代文明DX』が増刷

 本城です。
 おかげさまで、『謎解き古代文明DX』が増刷になりました。(昨年の秋に増刷されたのは赤い表紙の『謎解き超常現象DX』の方です)

 今回の増刷に際し大きな変更点はありません。なお、書籍はコンビニ用に販売されている廉価版でして、日販系(ローソンなど)では2月6日頃から、トーハン系(セブン-イレブンなど)は2月下旬から店頭に並んでいるそうです。

 未読の方がおられましたら、この機会にお手に取っていただけましたら幸いです。よろしくお願い致します。
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2015年02月16日

『謎解き超常現象W』の補完記事:「デリーの鉄柱 本当は凄いオーパーツ」未収録部分

 若島です。久しぶりの登場ですが、年末12月26日発売の『謎解き超常現象W』で、謎31・謎32の「デリーの鉄柱」2編を寄稿しております。

 なぜ今更「デリーの鉄柱」なのかというと、実は私も長い事、退屈なオーパーツもどきだと思い込んでいたのですが、縁あって調べていたところ、非常に興味深い情報が次から次へと出てきてしまい、すっかり魅了されたからです。

 読んでいない方のために補足しますと謎31はダマスカス鋼とカーボナノチューブから派生する話で、こちらは普通の内容です。一方で、謎32「錆びない理由編」の方は少しばかり異色で、【伝説】の部分が超常ビリーバーの主張ではなく、旧来のデバンカー的な主張になっています。

 【真相】では、そうした既存の「常識的説明」がことごとく無理筋であることを指摘し、最大の謎である「1600年も屋外で美しい鉄肌を維持できた本当の原因」を紹介しました。

 この謎は現代の腐蝕防食学が進歩するまでは解明など出来っこなかった本当の謎で、メカニズムまで解明されたのは1999年頃です。分野が地味過ぎるせいか、インターネット上ではまず出てこない話ですので、当該物件を見くびっていた方は、目を通しても良いかもしれません。

 ところで、実はこの記事、そもそもは当該書籍に寄稿する予定ではありませんでした。元々は注釈や参考資料まで込みだと2万文字を越える趣味研究用の家庭内超常レポートの一つだったのですが、これを新刊に載せることになり、各5千文字程度の2編に分けたという背景があります。

 要点を絞った分、かなりスリム化していますが、必然的に未掲載のネタや解説がありまして、『謎解き超常現象W』を購読された方へのおまけ記事として、本編で掲載しなかった部分をASIOS公式HPで調査レポートとして公開することにしました。

 また書籍本編だけだと文脈や論旨が判り難いところがあるかもしれないと思い、謎31と謎32の概要を簡単に整理してあります。書籍本編を未読の方も一応のところあらすじは判る程度になっていますが、細かい部分は省かれているので概要だけで早合点しないよう願います。

 今回の補足追加記事の内容は以下6本。
『謎解き超常現象W』謎31・謎32「デリーの鉄柱」に関する追加解説

@書籍【謎31】要約「デリーの鉄柱」は超文明の産物 
A書籍【謎32】要約「デリーの鉄柱」が錆びない理由 
B追加【伝説と真相1】 99.72%の高純度鉄に関する謎と誤解
C追加【知識と補足1】 古代インドの製鉄と基礎知識
D追加【伝説と真相2】 巨大な鉄柱の製造方法に関する謎と地中部分の深さ
E追加【伝説と真相3】 『マハーバーラタ』と「デリーの鉄柱」、本当は凄いグプタ朝


 B以降は2編にまたがる(ほぼ)未掲載部分と補足知識に相当する内容です。

 このうちEだけは「デリーの鉄柱」本体よりも、造られた5世紀北インドのグプタ朝の紹介や、20世紀中頃までの考古学会にあった、西欧から離れた文明を過小評価してきた側面など、実例を交えて紹介しました。

 超古代文明論者は、古代人の能力を過小評価することで、エイリアン(神とか)の関与を示唆したがり、反非合理主義者は、同じ理由で一部のデバンカーが提唱した裏付けのない過小評価を額面以上に信頼し、決着とみなしてしまうことがありました。若い頃の自分に言ってやりたいところですね。

 現実問題として、超常業界の話題は結果的に捏造だったものや、調べると泣けるほど下らないものもたくさんありますから、雑な否定論でも結論は正しいなんてことはよくあるわけですが、たまには真実が違うところにあった、実は未決着だった、という事例もあるものです。

 1970年頃から比較的近年までのように、超常的な話題についての情報が、非合理に偏り過ぎており懐疑的な情報が希少だった時代、肯定論の多くが不勉強な者による稚拙な議論ばかりだった時代、真相を調べる手段が限定されていた時代は、性急な否定論や、疑似科学のレッテルを貼っておく程度のことでも意義があったのかもしれません。

 ですが、インターネットの爆発的な普及から数年を経て、時代も状況も変化したと感じることがしばしばです。

「デリーの鉄柱」を調べて改めて実感したことは、懐疑論者の立場から異常性が高いと感じる主張を調べるとき、自分が当該分野に対する狭い意味での専門家でない限り、動機は非合理に対するカウンター活動ではなく、真相に対する知的好奇心であるべきだということでした。

 なぜなら、デバンキングが非合理に対するカウンターとして良い影響を与えたのならば、それは喜ばしいことですが、目的ではなく結果に過ぎないという立場が、現代の懐疑論者として妥当な立場だと思うようになったからです。もっとも脳梗塞でお花畑化が進んだのか、歳のせいで丸くなった可能性もありますけれど。
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