「ASIOS」―超常現象を懐疑的に調査する会―のメンバーによるブログ。

2009年10月07日

ASIOS公式ページリニューアル

こんにちは、蒲田です。

 ずっと忙殺されていて(ブログの記事も書けなくてすみません)、遅々として進まなかったASIOS公式サイトのリニューアルを行いました。私がぐずぐずしているうちに、CSIに先を越されてしまいました。

 見た目は変わっていますが、基本的に記事については変わっていません。閲覧するぶんにはあまり関係ありませんが、内部的にはHTMLのコードを少しきれいにしたり、更新が楽になるような仕組みを入れたりしています。

 全面的に刷新したので、しばらく細かい不具合があるかもしれませんが、お気付きになった際には、ご指摘いただければ幸いです。

 これからもASIOS公式サイトをよろしくお願いします。
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2008年05月29日

錯視が単純に間違いだとは言えないよ

こんにちは。蒲田です。

 前回は錯覚は単なる「間違い」とか「非合理」とか言われるものではなくて、人間が生きていく上でとても役立つ、必要な機能だという話で終わりました。

 「そうは言っても、ああ見えるのはただの間違いだということに変わりないでしょ」という気持ちが残ったままの人がいるかもしれませんね。では、さらにもうちょっと入り込んでみましょう!

 実は、錯視の原因となっている機能の中には、現実をきちんと認識するために必要な機能もあるということが言われるようになってきています。まずは、とても有名な「ミュラー・リヤー錯視」を見てみましょう。

sakusi_00.jpg

sakusi_01.jpg


 実際の縦の直線の長さは同じなのに、Aは長く見え、BはAよりも短く見えます。ここまでは、今までの錯視の説明と一緒です。次に部屋の画像を見てください。部屋の画像の中にミュラー・リヤー錯視が隠れています。

sakusi_10.jpg

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(下條信輔 1999 <意識>とは何だろうか−脳の来歴,知覚の錯誤− 講談社現代新書 p.16を参考に作成)

 Aは長く見えて、BはAより短く見えます。三次元の現実世界では遠近感がありますから「遠くにあるものは小さく見えるはず」ですよね。こういった考え方を進めれば、「遠くにあるものが近くにあるものと同じ大きさに見えるんだったら、遠くにあるものの方が大きいはず!」というのは、合理的な判断ですよね。

 脳では、こういった処理を自動的に行って、遠くにあるものを実際に目に映ったものより大きく見せてしまうのです。専門用語ではこういった機能を「視覚の恒常性」と言います。

 二次元(平面)として見ると間違いかもしれませんが、三次元(立体)の世界で、現実を認識するときには、「同じ大きさとして目に映っているのだから、同じ大きさなのだ」というのが間違いで、「遠くにあるものが近くにあるものと同じ大きさに見えるんだったら、遠くの方が大きいはず」という方が正しいということになります(前述の下條氏の本によれば、ポンゾ錯視やポッゲンドルフ錯視も立体視機能の表れだとされています)。

 これが、ヒューリスティックな情報処理の面白いところです。こういった処理があるからこそ、遠くにいる人を小さく見えるというだけで「小人だ!」と間違って判断するがないわけですし、平面に書かれた絵を見てもその中に立体を感じることができるといった具合です。

 平面に書かれた絵に奥行きを感じたり、平面に映し出されている写真や動画を見て奥行きを感じても、それを間違いだとか非合理だとかいう人はいないのではないかと思います。

 もう、単純に「間違いだ」とか「非合理だ」とか言えなくなったんじゃないでしょうか?人間は色々と間違うかもしれませんが、それは別に愚かなわけではなく、排除すべきものでもなく、当たり前のことなんです。そういう認識を持った上で、時には道具を使って、上手に自分の視覚と付き合っていけばいいんですね。

 こういった話を面白いと思う人なら、私たちが言う「事実であるかどうかに関わらず、真相を調べるという行為は、行為そのものが面白い」というのを理解してもらえるんじゃないかな。

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 大人になってしまうと、「実際に見えるものと現実が同一というわけではない」という説明を聞いたとき、特に実感していなくても「そうであること」を(なんとなく)知っているので、「まあ、そうだよねぇ」と頭だけで納得してしまうことがあると思います。


「錯覚・トリック」で伝えたかったもの
より
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 という感じで終わってしまったら、ちょっと損してるんじゃないでしょうか。

・関連記事
「錯覚・トリック」で伝えたかったもの
錯視って非合理の表れなの?

・関連ページ
錯覚・トリック - ASIOS -
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2008年05月23日

錯視って非合理の表れなの?

こんにちは。蒲田です。

 前回は錯視の話をさせていただきました。普通ならここで「そうそう人間の認識はあてにならない場合もあるよね。」「だから過信は禁物。懐疑の心を持たなくちゃ。」と懐疑論を推奨して落ちつくのがまとまりの良い話かもしれません。

 でも、もうちょっと入り込んでも面白いかもしれませんよ。

 懐疑とかの話で錯視がでてくると、どうしても「人間は非合理だから」という話になりがちですよね。でも、本当に非合理なことなのでしょうか?実は、錯視は単に「騙されている」というわけではないのです。

 様々な錯視が起こる仕組み(錯視のメカニズム)は、はっきりと解明されているわけではありませんが、錯視が起こる根本的な原因は分かってきています。心理学では認知(身の回りの世界を認識するということ)の「ヒューリスティック」な処理に原因があると言われています。

 人間はなんでもかんでも合理的にきちんと計算して情報処理しているわけではなく、膨大な情報の中から無意識に(直感的と言ってもいいかもしれません)必要だと思われる情報だけを取り出して、手を抜いた計算で済ませています。これが、心理学で言う「ヒューリスティック」な情報処理です。人間らしい情報処理ということですね。

 こういった手抜きをしないと、身の回りにあふれる情報の波に打ちのめされて、簡単な決定をする場合でも膨大な時間を必要としてしまったり(脳を損傷した患者の研究として、実際に確かめられています)、何も決められなくなったりしてしまうのです。

 つまり、錯視の原因となっているヒューリスティックな情報処理は、単なる間違いではなく、たまにうまくいかないけれど、人間にとってはとても役に立つ、そして絶対に必要な機能だというわけです。しかも、今回の錯視のようなものは、殆どの人が同じように持っている基本機能なんですね。だから誰もが同じように見えるんです(人間に限らず、サルやハトにも同じ錯視があるという研究もあります。サルやハトにとっても必要なんですね)。

 生きていくためとか、何かを決められるようにするためといったように見方を変えると、ある意味とても合理的と言える処理なんですね。面白いと思いませんか?

・関連記事
「錯覚・トリック」で伝えたかったもの

・関連ページ
錯覚・トリック - ASIOS -
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2008年05月19日

「錯覚・トリック」で伝えたかったもの

 こんにちは。蒲田です。

 ASIOS公式Webサイトの「錯覚・トリック」のページはお楽しみ頂けたでしょうか。これは、私が提案してサイトに追加させてもらったものです。

 概ね好評だったのですが、同内容のご指摘を複数の方から頂いたので、それについて返信してみようかと思います。

 ご指摘頂いた趣旨は「紹介しているような錯視と日常的な状況の関係がわかりにくく、どう超常現象を信じることに結びつくのか記述が足りないのではないか?(または、全く別物なので関係あるとは思えない)」といったような内容です。

 このご指摘はもっともだと思います。錯視のような錯覚が超常現象報告における見間違いの直接的な原因になることはあるかもしれませんが、そういった場面はかなり少ないのではないかと思います。そういった意味で、私もこのような錯視と超常現象を信じてしまうことの間には、抽象的な関係しか存在しないと考えています。

 しかし、その抽象的な関係がとても大事だと考えています。


 錯視のページでは以下のステップを取ってもらいたいと考えていました。

1. 普通に画像を見る
2. 同じ色には見えない!色が変わっている!ゆがんでいる!と思う
3. 錯視・錯覚だって言うけど、本当に違う色なのでは??ゆがんでいるのでは??と疑う
4. 実際に説明の通りであることを、納得行くまで色々な方法で確認する
5. 理解した上で、改めて見てみる
6. それでも説明の通りには見えないよねと思う

 大人になってしまうと、「実際に見えるものと現実が同一というわけではない」という説明を聞いたとき、特に実感していなくても「そうであること」を(なんとなく)知っているので、「まあ、そうだよねぇ」と頭だけで納得してしまうことがあると思います。

 でも私は、そういった納得では心に染みないかなぁと思います。ページの最初で説明しているように「自分の目で見たものが、必ずしも現実通りでないこと」と、「道具を使わなければ」錯覚であると確かめられないことを、頭で理解して終わりにするのではなく、体験してもらいたいと考えたわけです。

 「自分の目で見たものが、必ずしも現実通りでないこと」も、もちろん重要なところですが、「道具を使わなければ確かめられない」というのも大切なポイントです。人間は間違いやすい生き物ですが、そういった弱点を道具(余談ですけど、科学をそういう道具のひとつと考えても面白いかもしれませんよ。)で補うこともできるということです。

 と言っても、そんなことを考えずに純粋に楽しんでもらえるだけで、なんらかの意味はあるんじゃないかな?と思ったりもします。そういう意味では、ジュニア・スケプティック的な方向性も意識してみた企画だったのです。

・関連記事
クイック・アンケートの勧め

・関連ページ
錯覚・トリック - ASIOS -
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2008年05月01日

クイック・アンケートの勧め

 こんにちは。蒲田です。

 ASIOS公式Webサイトの「ASIOSについて」のページや「FAQ」のページなど、いくつかのページの一番下にある「このページの説明は分かりやすかったですか?」という投稿フォームは利用されているでしょうか?ここからは、ほぼ毎日フィードバックを頂いています。本当に大変有難いことです。

 私はこの機能をクイック・アンケートと呼んでいます。好意的な応援メッセージが多くてとても励まされています。意見がなくても、意見と言うほどのものではなくても、遠慮せずにどんどん使ってみてください。投稿されたものは全て読んでいます。

 リンクの間違いとか、誤字脱字の指摘などでもありがたいものです。実際に、クイック・アンケートの意見で修正したページもあります。

 特定ページと関係ない話題だったら通常の「アンケート」もありますし、返信が必要な内容ならば「お問い合わせ」のフォームも用意しています(返信をお約束しているわけではありませんけれども)。

 ブログではクイック・アンケートなどでもらった意見に対する返信も書いていこうかと考えています。

 これからも、よろしくお願いします。
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